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asabatyouのなんでもブログ2

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タイトルの通りasabatyouのなんでもブログ(http://d.hatena.ne.jp/asabatyou/)の続編です。ツイッターは、こちらです(https://twitter.com/asabatyou)。

昨日は図書館で借りたDVDの「独裁者」を見ましたので、それについて書きます。
「ヒトラー ~最期の12日間~」や「帰ってきたヒトラー」を見たら、久々に見たくなりました。


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スタッフ
監督、脚本、製作 : チャールズ・チャップリン
音楽 : チャールズ・チャップリン(ノンクレジット)、メレディス・ウィルソン
撮影 : カール・ストラス
編集 : ウィラード・ニコ


キャスト
アデノイド・ヒンケル、ユダヤ人の床屋 : チャールズ・チャップリン
ハンナ : ポーレット・ゴダード
ベンツィーノ・ナパロニ : ジャック・オーキー
シュルツ中佐 : レジナルド・ガーディナー


ストーリー
第1次世界大戦末期の1918年、トメニア(架空の国)のユダヤ人兵であるチャップリン(名前がないので、ここではそう表記する)は、負傷した士官のシュルツを救出すると同時に、シュルツが所持している重要書類を本国に届ける為に飛行機で飛び立った。
しかし燃料切れで飛行機は墜落したと同時に、トメニアはすでに降伏した事を知り、チャップリンも墜落のショックで記憶を失い入院してしまう。
それから20年の月日が経ち、チャップリンは病院を抜け出し元の床屋の職に戻るが、トメニアは独裁者アデノイド・ヒンケル(チャップリンが1人2役で演じているので見た目は同じだが、2人が似ているのは単なる偶然である)による天下で、国中のユダヤ人を迫害していた。
状況が分かっていないチャップリンは、ヒンケルの手先である突撃隊と問題を起こし吊るし首にされそうになるが、そこへチャップリンに命を救われたシュルツが偶然通りかかる。
シュルツは突撃隊長となっていたが、恩を感じてチャップリンには手を出さないよう命じる。
ところがシュルツがヒンケルに背いた事で、ヒンケルは再びユダヤ人迫害を始め、チャップリンは捕らわれの身となり、残された人々もオストリッチに避難したが、またしてもヒンケルの支配下に置かれてしまう。
チャップリンと同じく捕らわれたシュルツは、トメニアの軍服を着て強制収容所を脱出するが、チャップリンはヒンケルとそっくりだった事から間違えられてしまい・・・。



レビュー
チャップリン映画初の、トーキー作品。
「モダン・タイムス」の終了後、チャップリンは共演者であり妻でもあったポーレット・ゴダードを主役にした、悲劇映画を作るはずでした。
しかし1939年に起こった、ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーのポーランド侵攻に怒り、彼を皮肉る為に本作を制作しました。

チャップリンのヒトラーに対する怒りがストレートに伝わり、明らかにヒトラーをモデルにしたヒンケルを、偉ぶっているわりには新兵器が役に立たない粗悪品だったり、風船の地球儀をもてあそぶけど最後は破裂してしまう、ベニート・ムッソリーニをモデルにしたナパロニと子供みたいに喧嘩するといった、大した事ない小悪党として描いています(ただ映画の撮影当時はドイツによるユダヤ人に対する迫害政策と、ゲットーへの強制移送はドイツ国内とドイツ軍の占領地で実施されていたが、ユダヤ人に対する大量虐殺はまだ行われてはおらず、チャップリンも自伝で「ホロコーストの存在は当時は知っておらず、もしホロコーストの存在などのナチズムの本質的な恐怖を知っていたら、独裁者の映画は作成できなかったかもしれない」と述べている)。

実はチャップリンとヒトラーはいくつかの共通点があり、同じ1889年の4月に誕生し、チャップリンは16日なのに対してヒトラーは20日と、4日違うだけです(見た目はヒトラーの方が年上で、おっさんぽく見えるけど)。
他にもトレードマークがちょび髭だったり(チャップリンはヒトラーの口髭を、自分オリジナルキャラクターのチャーリーを、下品にしたようだというイメージを持っていた)、チャップリンはロンドンの貧しい家に生まれ、生活に苦労し、ヒトラーは生まれた家は中産階級で豊かだったものの青年期において浮浪者収容所で生活しているといった(これについては近年「我が闘争」でヒトラーが誇張したものであって、実際の施設である公共独身者合宿所は必要最低限の生活ができる施設であったという説が有力だとか)似たような部分が多いです。
なので2人の戦いは、まさになるべくしてなったと言えるでしょう。

ただ公開当時アメリカでは、ヒトラーが巻き起こした第2次世界大戦とは未だに無縁であり、かけ離れた内容だったから、チャップリンが必死にヒトラーの危険さを訴えても、無視していたようです(勿論、チャップリンは全部承知の上だった)。
そんな人達は、いざヒトラーの虐殺を知った時、一体何を思ったのでしょうか?

盗作だと訴えられた事もある作品ですが、当時の状況がよく分かると同時に、コミカルでありながらも生々しく描いた名作です。
「独裁者」は今となっては過去に起こった事を描いていますが、これは今でも十分当てはまるのでは?
豊田真由子様(笑)みたいにエリート気取りだけど、秘書を暴行するような人格破綻者が政治家になってしまったり、北朝鮮が弾道ミサイルを2回も発射して日本の上空を通過した事で、何も関係ない罪なき人々を恐怖させました。
「独裁者」は決して昔話ではなく、現在でも通用する問題を描いたと言っても過言ではないのです。
最後の演説が全てを物語っていますし、チャップリンは今でも我々の中で生き続けているのです。



予告編です↓

ヒトラーを題材にした(というよりネタにした)初期の作品なので、これが元祖「総統閣下シリーズ」かなと思っていたら、同じく1940年の「You Nazty Spy!」が最初らしいです。



出典


参考サイト


参考文献

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# by asabatyou | 2017-09-20 17:42 | 映画 | Comments(3)
今月の17日は、遠州横須賀のちいねりを見ましたので、その事について書きます。


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お馴染みの、三熊野神社です。
何だかお店の数がやけに少なくて驚いたのですが、他にも祭りをやっている所があり、天気も台風の影響でどうなるか分からなかったので、仕方なかったでしょう。



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祢里を見かけた時、14台全てが三熊野神社を通った後でした。
風も強かったですが、パラパラと雨が降ってきたのでビニールシートを被せる作業をしていました。



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祢里にビニールシートを被せる作業の影響か、行列なのに結構間が空いてました。
幼少時代からお世話になっている新屋町も勿論いましたが、ちょうど私が撮っている時に親戚の子が友達(おそらく)と一緒に、「イエーイ!」とピースサインをしてきました。
写真を撮ろうとしましたが、中々良い感じで撮れなかったので、子供達が少々諦めた状態で撮ってしまいました。
この時は、あの子達をがっかりさせてしまったのかもしれません。



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西本町が西田町の祢里小屋で、ビニールシートを少し上に上げていました。
雨が降る心配がなく、空も晴れてきたからでしょう。


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途中でお手洗いや休憩をしたかったので、三熊野神社に行きましたが、その後は新屋町と行動を共にして、帰宅しました。


ちなみにちいねりの始まりは明治時代初頭らしく(という事は1868年ぐらい?)、昭和30年代(1955年~1964年)になると年1回9月の当たり日のみに祢里を曳く事が決まりました。
昭和40年代(1965年~1974年)にはばらばらだった祭礼日を統一し、昭和47年(1972年)からは毎年4月にやっている、遠州横須賀三熊野神社大祭と同じ形式でやるようになりました。
昭和60年代(1985年~1989年)になり、西大渕(古楠神社)、南番町(愛宕神社)が小祢里に参加して、14台で行うようになり、現在に至っています。
しかし近年は少子化や町の空洞化が進み、ちいねりの曳きまわしが危ぶまれる町もあるので、深刻な問題となっているんだとか・・・。


詳しくはこちら↓
静岡県掛川市 ちいねり(小祢里).html
ちいねりTOP.html
ちいねり(小祢里)[掛川市]|アットエス.html

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# by asabatyou | 2017-09-19 17:29 | | Comments(0)
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今月の16日ですが、事任八幡宮例大祭を見に行ってきましたので、その事について書きます。



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これが事任八幡宮です。
天気が悪かったので人も数も少なかったですが、緑に囲まれた良い神社でした。
カタツムリもいましたが、種類は分かりませんでした(気になって、調べてみましたが)。



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太鼓の音がする方へ歩いて行ったら、5台ぐらいいましたが、すぐに休憩しました。



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15分ぐらいの休憩が終わった後動き出しましたが、坂道がありましたので、正直大変そうでした。



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屋台行列を見終った後、お手洗いを済ませたかった事、バスに乗っている時に見かけた3台の屋台を見たくて、そちらへ行こうかと思いました。
ですけど結構距離があって必ず会えるとは限らなかったので、そのままこの屋台達の後を追って見る事にしました。



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最初の屋台達が再び休憩した後、山がある方へ行ってみましたが、また別の屋台がいました。
休憩をしましたがすぐに動き出して、他の人の家に入ったり神社の前でくるくる回転していました。



帰る時ですが、事任八幡宮例大祭の事を小学生ぐらいから知っていて、ここいらへんのお祭りの管理人9番馬さんとも知り合いとされる方と会いました。

森町にお祭りの事なら、知らない人はいない程の有名な方がいる。

この時もお祭りをやっている所はあるけど、そこは4台ある。

森町辺りの人々は、遠州横須賀三熊野神社大祭のような高めの太鼓の音は好まない。

祭関連の組織があって、そのメンバーであるといった、興味深い話をしてくれました。

事任八幡宮例大祭は屋台が8台があって、夜になると激しくなるとおっしゃっていましたが、15日にYouTubeで見た時、そんな感じでした↓

さらに見るのであれば、日曜日の方が人も多く屋台もテンションが高いので、オススメらしいです。
ちなみにこの事任八幡宮、あの清少納言の「枕草子」に「言のままの明神いと頼もし」と、記されているほど歴史が古く由緒正しい神社で、名前も「願いのまま叶えることからコトノママ」と称されてきたそうです。



詳しくはこちら↓
静岡県掛川市 事任八幡宮例大祭.html
事任八幡宮例大祭bot(@m21864667)さん _ Twitter.html
事任八幡宮例大祭.html
事任八幡宮例大祭 (掛川市) _ しずふぁん.html

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# by asabatyou | 2017-09-18 17:51 | | Comments(0)
昨日は録画した「ロスト・バケーション」を見ましたので、それについて書きます。
以前から興味がありましたが、そんなタイミングで静岡県磐田市の太田川河口付近で、サーファーがサメに襲われ重傷する事件が起こってしまったので、サメ映画の出来事が私にとっても他人事ではなくなってしまいました。


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スタッフ
監督 : ジャウマ・コレット=セラ
製作 : リン・ハリス
音楽 : マルコ・ベルトラミ


キャスト
ナンシー : ブレイク・ライブリー
カルロス : オスカル・ハエナダ


ストーリー
医学生のナンシーは、亡き母が教えてくれた秘密のビーチにやって来た。
同じようにサーフィンしている若者2人と親しくなり楽しい時間を過ごすが、クジラの死骸を見つけた事で怖くなったナンシーは、そのまま帰ろうとする。
だがその時1匹のホオジロザメに襲われて足を怪我してしまい、何とか近くにあった岩場に避難して一命をとりとめた。
持前の知識で身につけている物を上手く利用し傷を癒したが、やがてその岩場も潮が満ちてくると海に沈んでしまうので、残された時間は僅かであった・・・。


レビュー
サーフィンを楽しんでいた主人公が、運悪くサメに襲われてしまい、おまけに足を怪我して身動きが取れなくなってしまう様を描いたスリラー映画。

サメ映画といいましたら、もはや説明不要の名作「ジョーズ」があり、それ以外でもサメを怪物として扱ったパニック映画や怪獣映画が、当たり前のように作られるようになりましたが、「ジョーズ」以外の作品では「ディープ・ブルー」(1999年版)しかヒット作がありませんでした。
近年のサメ映画はマンネリ化を防ぐ為か、砂地や雪原を泳いだり、巨大な竜巻に乗って街の上から落ちてきたり、悪霊となって市街地に現れるなど、もうすっかり何でもありになりつつありますが、本作では1匹しか登場せず、出現する場所も海のみと原点回帰した内容となっています。

そんな久々にまともなサメ映画となった「ロスト・バケーション」ですが、前半は襲いかかってくるサメにただ主人公は狼狽えるだけでしたが、後半は生き残る為にサメと1対1の戦いをする様を描いています。
あくまで主人公vsサメがメインなので、サメの犠牲者はたった3人しかいません(だがその中の1人は、主人公が助けを求めているのにそうしようとせずケータイや金を盗んだり、「サメがいるから危ない!」と必死に警告したのに、サーフボードまで盗もうとした時に襲われて真っ二つにされてしまうから、はっきり言って自業自得で因果応報でもあります)。

他にも同じく怪我で飛べなくなってしまったカモメも登場し、ずっと主人公と同じ岩場で生活を共にします。
まともに動けないのでサーフィンしている若者を見つけた時、それを教えるぐらいしか活躍しませんが、そばにいるだけで癒されますし、良きマスコットキャラであり相棒でもあります。
もしこのカモメすらいない主人公ただ1人だけだったら、本当に救いようがなく絶望しかなかったでしょう。
そう言いたくなるぐらい、印象に残ります。

でも近くにデカいクジラの死骸があるんだから、そっちを食べろよと言いたくなるのに、サメが主人公を執拗に狙ったり(そうでないと、話にならないのもあるが・・・)、主人公を助けない酔っ払い親父の登場が唐突だったり(最初見た時、死体かと思った)、サメの最期が馬鹿っぽかったりと不満があるのも事実です。
また「ジョーズ」の場合、主人公が不注意だったせいで犠牲者を出してしまい、自分の子供まで危険な目に遭わせてしまったので、責任を感じて水が苦手でサメに関する知識もない素人でありながら、仲間と協力してサメに立ち向かいます。
けど本作ではそういう人間ドラマがなかったので、「ジョーズ」と比べると中身が薄いのも事実です。
悪くはないですけど、やはり「ジョーズ」の方に軍配が上がります。



予告編です↓




原題は日本語に訳すと浅瀬という意味ですが、出来れば邦題はそのまま「シャローズ」にしてほしかったです。
「ロスト・バケーション」では一瞬何の事か分かりませんし、映画自体浅瀬のみで話が進んでいきますから、その方がしっくりきます。
それとこの映画では単なる自然界やサメの恐ろしさを描いておらず、人間だけでなくサメも嫌うサンゴやクラゲも登場するので、両者に対して公平だったのも印象的でした。
主人公の味方をするカモメもいますから、自然界は人類にとって敵にも味方にもなりえるという事でしょう。



出典


参考サイト

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# by asabatyou | 2017-09-14 17:49 | 特撮、モンスター | Comments(2)
昨日は図書館で借りたDVDの1枚、「真昼の決闘」を見ましたので、その事について書きます。
西部劇で何かないかと思って探していたら、偶然見つけたものです。


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スタッフ
監督 : フレッド・ジンネマン
脚本 : カール・フォアマン
音楽 : ディミトリ・ティオムキン


キャスト
ウィル・ケイン保安官 : ゲイリー・クーパー
エミー :グレース・ケリー
ヘレン・ラミレス : ケティ・フラド
ハーヴェイ・ベル保安官補 : ロイド・ブリッジス
マーチン元保安官 : ロン・チェイニー・ジュニア(クレジットでは、ロン・チェイニー)


ストーリー
午前10時35分、丘の上に1人のガンマンがいて、途中から仲間が2人加わると、ハドリーヴィルという町に行ってそこにある駅で、誰かが来るのを待っていた。
その頃ハドリーヴィルの保安官ウィル・ケインは、エミーと結婚して退職し町を出る事が決まっていた。
しかしそんな時、かつてケインが逮捕した犯罪者フランク・ミラーが釈放されて、ハドリーヴィルの駅で待っている仲間達と共に復讐しようとしている事を知る。
午前10時55分、みんなやエミーの勧めで逃げようとするが、何処へ逃げたって同じだからここで迎え撃つと言って残り、協力してミラー達と戦おうと町民に話しかける。
だが協力する者は誰1人おらず、仲間が全然集まらないまま、ミラー達が襲撃してくる時間は刻一刻と迫っていた・・・。


レビュー
ゲイリー・クーパーとグレース・ケリーという2大スターが共演した(夫婦役ではあるが、クーパーは当時51歳だったのに対してケリーは23歳だったので、親子ぐらい年が離れている)、西部劇映画。

と言いましても、西部が舞台の人間ドラマといった感じで、所謂ドンパチシーンは最後にあるだけです。
主人公もクーパーが演じているにもかかわらず、ヒーロー然とした頼もしさはなく、誰からも相手にされず仲間が集まらなかったから、死を覚悟して遺書を書いてしまうので、はっきり言って頼りないです。
なので一般的な西部劇のイメージを期待すると、正直ガッカリしてしまうので、西部劇ファンの間では今でも嫌っているそうです。

何故西部劇らしくない西部劇になってしまったのかといいますと、1950年代になって西部劇に対する価値観が変わった事が影響しているみたいです。
西部劇といいましたら主人公は白人で、彼らに歯向かうインディアンを悪役にしたものが多いですが、戦いの原因に触れたものは殆どなかったり、やがて事実と異なる白人に都合の良い内容もあったんだとか。
これらが原因で批判されるようになり、昔のようには出来なかったのでしょう。
ほぼ同じ時期の西部劇に、平和を求めているインディアンを主役にした「折れた矢」、復讐に執念を燃やす男の「捜索者」、農園を取り戻すだけの為に賞金稼ぎとなり人を殺す農園主の「裸の拍車」がありますが、もはやヒーロー像が存在しない内容となっています。

やがてアメリカ製西部劇のアンチとして作られた、イタリア製西部劇=マカロニ・ウェスタンが作られるようになったのは、それから約10年後の1960年代になってからです。



予告編です↓


この映画は85分ですが、本編の時間経過もほぼ同じ「リアルタイム劇」です。
その為舞台がずっと同じで危機が少しずつ迫ってくるのを、リアル且つ緊張感のある作りで描いています。
ですから劇中と同じ10時35分から鑑賞した方が、現実と映画の世界がリンクして、より一層映画が楽しめるでしょう。
またこれが製作された1950年代といいましたら、ちょうど赤狩りの時代で、体制による思想弾圧を黙認するアメリカ人を批判したものと読み取る事も可能ですが、監督自体は「政治的な意味はない」と否定しているようです。



出典


参考サイト


参考動画

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# by asabatyou | 2017-09-12 17:40 | 映画 | Comments(0)